マンダラルナーとソニャリオで、目覚めと夜の訪れをリチュアルにしよう
- ツキヨミノ

- 4月8日
- 読了時間: 8分

一日のはじまりの前、そして終わりの前。世界がより透きとおり、やわらかくひらく瞬間がある。どの文化も、この境に身を置くすべを持っている。たとえば多くのアマゾンの人々にとって、このあわいははっきりと認識されている。犬も夢を見て、人も夢を見る。そしてその両者は、人間だけでできているわけではない世界の中で生きていくために、それぞれの知覚を調整しながら存在している。
人類学者の Eduardo Kohn は、犬たちがイメージやサイン、夢のような幻を生み出し、それが関係性や狩り、ケア、そしてつながりを導いていく世界を描いている。彼が「セルフエコロジー」と呼ぶその世界では、人間と人間以外の存在が、たがいに影響を与えあいながら存在している。
Donna Harawayは言うだろう。人間も、犬も、猫も、精霊も、森もみな「伴侶種」であり、他者とともに思考し、世界とともに呼吸するための存在だと。そしてVinciane Despretは思い出させてくれる。わたしたちが「儀式」と呼ぶものは、神秘を飼いならすためのものではない。なにかが起こるための条件を、そっとひらく営みなのだと。
この空気のなかで、目覚めと夜の訪れは「くぐるための境界」になる。マンダラルナーとソニャリオとともにいるとき、時間は可能性としてひらかれていく。それは、からだと意識をそっと調律し、自分に、日々に、夢に、そしていま語りかけているものすべてに耳を澄ますための時間。
「横の言語」と「セルフエコロジー」
夕暮れどき、ルナ*の人びとは、火のそばで眠りに落ちていく犬たちを見つめる。はじめに耳がかすかに震え、やがて足が、見えない走りをなぞる。暗がりのなかで、犬のからだは別の世界と対話している。ひとつひとつの痙攣はしるし。ひとつひとつの吐息は知らせ。ひとつひとつの動きは、言葉では綴られないメッセージ。
それを「横の言語」と呼ぶ。正面からやってくるのではなく、内側から、背後から、夢と目覚めのあわいの縁から届くものだから。よく観ることができれば、犬は教えてくれるという。次の日、どの道を歩めばいいのかを。
ツィタ。それはルナの言葉(アマゾン・ケチュア)でナマケモノ、三本指のあの動物の名。けれどツィタは、ただの生きものとして現れるだけではない。夢のなかにあらわれるひとつの気配であり、しるしでもある。夢にツィタが訪れるとき、それは「ただの夢」ではない。決断や予兆、これからの道をそっと指し示す、世界からのメッセージ。種と種のあいだの境界を越えて届く、ひとつの対話。
ルナの人びとにとって、この夢の気配が力をもつのは、ナマケモノという存在そのものが、すでに「あわい」に生きているから。ゆっくりと動き、地面から離れて暮らし、その姿かたちは、わたしたちの知る「動物」という枠からそっとすり抜けていく。木々の梢のあいだで、現れては消える。まるで、見えるものと見えないもののあいだに、半分ずつ身を置いているかのように。だからツィタの夢を見るということは、横から届く知らせを受け取ること。世界をやわらかく折り曲げるようなメッセージ。それは、言葉による理解(ロゴス)ではなく、しぐさやリズム、夢を通してひらかれるコミュニケーション。Kohnが「横の言語」と呼ぶもの。
横から届く知らせに耳を澄ます
「大切な知らせは、決して正面からはやってこない」と、ある年長の女性は語った。
「それは、視界の端からやってくるのよ。」
この感覚において、夢はまっすぐなメッセージではない。それは、折り重なり、影となり、ゆらぐ川面に映る反射のようなもの。
焚き火のまわりで眠る犬たちはいないかもしれないし、ツィタを名づける言葉も持たないかもしれない。けれど、それでもまっすぐにはやってこないしるしたちに囲まれて生きている。
夜のなかには、夢のなかのひとつの言葉が、ポケットの石のように重く残り続けることがある。理由もなく繰り返されるイメージが、どこか別の領域からやってきて、通り道を求めているかのように。Vinciane Despretならこう言うだろう。問いは「これは何を意味するのか?」ではなく、「これを存在させるとき、何が起こるのか?」なのだと。一日の縁へと、そっとまなざしを傾ける。探していないときにだけ現れるものへ、意識をひらく。
夜のためのリチュアル:闇が思考をはじめるとき
夕暮れになると、世界は別の質感へとすべりこんでいくように感じられる。よりゆっくりと、より多孔で、昼のざわめきのなかでは気づけなかったものに耳を澄ますのにふさわしいあり方へ。夜は、思考が「横にひらく」時間だと言われている。夢や予感、小さな記憶たちが訪れるとき。だから夜と親しくなることができる。
わたしたちにもまた、焚き火のそばで眠る、想像上の犬たちがいる。深く呼吸し、まぶたをかすかに震わせながら。その存在に、あるいはそれが象徴しているものに、寄りかかることができる。闇が思考をはじめるときに。
夜のリチュアルは、インセンスやキャンドルや特別な儀式を必要としない。それは、あなたが一日を「閉じる」と決めたときに始まる。終わらせるためではなく、そっと手元に引き寄せるために。
それは、たとえば携帯電話を別の部屋に置いて、寝室を通知ではなく、からだのための場所へと戻すこと。あるいは、自分をいたわる時間。目覚めの最後のほこりをそっと洗い流すように、顔を洗うこと。一日の旅をねぎらうように、静かなセルフマッサージに身をゆだねること。大切なのは、そのひとつひとつの「手渡すしぐさ」。それが、意識を目覚めから夢へと渡していく準備になる。夜は、ただの休息ではない。イメージの実験室であり、織りの場。世界が、その言葉を、内側を通して語る場所。
夜のリチュアルは、とても繊細に土壌を整えるようなもの。夜と、その見えない伴い手たちが、内で働くことができるように。Donna Harawayならこう書くだろう。夕暮れとともに、無数の気配と出会う「コンタクト・ゾーン」へと入っていく。記憶、思考、精霊、動物、祖先、欲望、さまざまな存在たちが交差する場所へ。だから夜のリチュアルを提案するということは、一日とやさしく別れを告げ、夜を迎えるために、内なる家を整えるということ。
夜をリチュアルとして迎えるために
・光と音をやわらかく落としていく
・ソニャリオに、夢へのリクエストを書き記す 「これを理解したい」 「これから解放されたい」 そんなふうに、夢への招待状のように
・スマホを寝室の外に置き、 夢が訪れるための余白をつくる
・マンダラルナーを閉じながら問う 「眠りへともちこみたいものは、なに?」
一日を閉じるための問い
・この一日の旅に、何を感謝する?
・いま、手放してもいいものはなに?
・どんな休息を、自分に贈りたい?
目覚めをリチュアルに: 静かな一日のために
目覚めるということは、聴く感覚をそっと調律するようなもの。目覚めのリチュアルは、急がずに一日をひらいていく。まるでひとつの門をくぐるように、夜の余韻に耳を澄ませながら。
穏やかな一日のためのヒント
・目覚めたら、ゆっくりとからだを伸ばす 沈んでいたものに、動きを返していくように
・最初のしぐさとして水を飲む いまここにいることを、からだに迎え入れる
・夢を逃がさないうちに書きとめる 夢の記憶はとても繊細で、気づかれてはじめて姿をあらわす
・マンダラルナーに、小さな意図を書く ひとつの言葉、ひとつの方向、ひとつの問い
・急がずに一日をはじめる ひとつの門をくぐるように
朝の書きはじめのための問い
・どんな夢を見た?
・その夢は、からだにどんな余韻を残している?
・この一日のはじまりに、最初に感じているものはなに?
あわいに書くこと
朝でも、夜でも、書くことは呼吸を取り戻すためのツール。それは毎日きちんとやらなければならないものではないし、完璧さも、厳しい規律も求めていない。ただ、ほんの少し「在ること」を求めているだけ。ここで大切なことがある。リチュアルを、罪悪感に変えてしまわないこと。リチュアルは、支えるためにある。押しつけるためではなく、やわらかく持ち上げるために。
ある日は一行だけ書けたなら、それで十分。別の日に、なにも書けなくても、それでいい。バスの中でも、授業の合間でも、トイレでも、ほんのすきまの時間でも、それでいい。リチュアルは、あなたのためにあるもの。あなたが、リチュアルのためにあるんじゃない。
マンダラルナーとソニャリオ :世界とともに生きるためのプラクティス
記録もまた、「セルフエコロジー」と言えるのかもしれない。それは、その瞬間に自分がどんな存在であったかの、断片であり、痕跡であり、しるし。Vinciane Despretから学ぶなら、注意を向けることは世界を生み出すこと。書き留めたものは、より生き生きとし、力を持ちはじめる。そしてDonna Harawayが思い出させてくれるように、書くことはいつも共に生きる行為。過去の自分、まだ見ぬ未来の願い、そして自分を形づくるあらゆるものたちとの、共在のしぐさ。
一日のはじまりと終わりをリチュアルにすることは、内に生きているものたちと、ともに在るプラクティス。それは、世界にこう語りかけること。
「わたしはいまここにいる。ふたたび目覚め、そしてまたここにいる。夜を渡りながら、夢を見ることを学んでいる。」
※ケチュア語で「ルナ(runa)」または「ルナクナ(runakuna)」は、「人びと」や「人間」を意味する。ケチュアは、主にペルー、ボリビア、エクアドル、チリ、コロンビア、アルゼンチンに暮らす、ケチュア語を話すアンデスの先住民の人びと。
テキスト:Laura Pujol (マンダラルナーより)
マンダラルナーブログ原文

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