PMSのセルフケア
- ツキヨミノ

- 4月1日
- 読了時間: 6分

雨に包まれた、休息のための日曜日には、PMSはそっと遠のいていく
それは、からだが日曜日だと知っているからではなく、休むということをちゃんと知っているから。
からだにとって大切なのは、日曜日ではなく、月の満ち欠けや季節、そして自分の内なるサイクルの流れ。問題はそのサイクルではなく、それを生きることが許されていないこと。PMSは単なる周期の一部ではなく、社会の歪みが、女性の不均衡としてあらわれているという見方もある。
最近起きた2つの出来事について話すね。
今学期、女性のメンタルヘルスをテーマにした討論グループに参加していた。そこには医師や精神科医、統合医療の専門家、教授、心理士、ヨガや瞑想のインストラクターなど、さまざまな分野の人たちが集まっていた。その中で、とても重要なトピックが持ち上がった。それは、神経多様性(ニューロダイバージェンス)を持つ女性たちが、いかに激しいPMS(月経前症候群)に苦しんでいるか、という話。(注:そこではPMSをより病理化した概念である「PMDD:月経前不快気分障害」として深掘りされていた)。医師たちが出した解決策は、薬を処方し、月経周期を止めることでメンタルヘルスの悪化を防ぐというもの。避妊薬を心の健康のためのツールとして捉えていた。それを聞いて、深く考えさせられた。そして、思わず熱を込めて意見を伝えたんだ。
社会として、休息や安らぎ、そして内省というものを、一体どう扱っているんだろう?
ブログの月経前について書いた別の記事でも触れたけれど、プロゲステロン(黄体ホルモン)は、本来、天然の抗不安薬のような働きをしてくれるもの。心身をリラックスさせ、穏やかにし、ペースを落として「お休み」を促してくれる。
プロゲステロンが優位になる時期の緊張感は、本来なら休息やセルフケアで簡単に整えられるもの。けれど、この現代社会で、休んだり、リラックスしたり、何も生み出さずにいたりすることなんて、果たしてできるのかな。女性が、いつもご機嫌で、身なりを整え、美しく、穏やかでいることを手放すなんて、許されると思う?タスクが山積みの月曜日に、まるで雨の日曜日のような静かな時間を過ごすことなんて、本当にできるのかな?
自分の中にも、周りの女性たちにも、そして相談に来る人たちの中にも、いらだちを感じることがある。それは確かに存在していて、リアルなもの。時に自分を見失わせ、「爆発」させてしまうこともある。
けれど、少し考えてみて。それは本当にただの「爆発」だったのかな? それとも、一ヶ月ずっと疲れやタスクを溜め込み、言いたいことを飲み込み続けて、ついに溢れ出してしまっただけなんじゃないかしら。あるいは、内なる「賢いおばあちゃん」が授けてくれた勇気を持って、きっぱりと「ノー」を言い、境界線を引き、「扱いにくい女性」になることを選んだだけなのかもしれない。
もし、心ゆくまで休むことができたら。からだにやさしい食事が当たり前に用意されていたら。むくみやいらだち、涙、そんな症状は、それでも起こるのかな。もし、心から頼れる女性たちの輪があって、誰かの膝に甘えたり、頭をなでてもらえたりしたなら?そんな場所があったとしても、果たしてPMS(月経前症候群)なんて存在するのかな?
それは本当にいわゆる「月経前のイライラ」なのかな?それとも、休息や弱さをさらけ出すことを許してくれない、この資本主義社会のせいなんじゃないかな?
そう、イライラだけじゃない。涙がこぼれたり、心がもろくなったり。月経前という時期は、ただ不機嫌になるだけではなくて、自分の中の「弱さ」を露わにして、「感じる」ことを強いてくる。
さて、ここで最近あったもう一つの出来事をお話するね(少しショッキングな内容が含まれるから、特に動物を愛する繊細な人は気をつけてね)。
近所の小さなお店に入ったときのこと。そこには、とても小さな籠に閉じ込められた一羽の鳥がいた。ビテヴィ(キバラオオタイランチョウ)という、とても美しい鳥。
その姿を見た瞬間、魂が痛んで、胃が締め付けられるような思いがした。何も考えずに、店主にこう尋ねていたの。
「この鳥、いくらですか? 買い取りたいんですけど」
「2,000レアルだよ」
蓄えていたお金をすべてかき集めてでも、その鳥を買い取って、空へ放してあげよう。本気でそう思っていた。
ちょうど月経前の時期だったから。もしサイクルの中の別の時期だったら、あんなにも激しい痛みに飲み込まれることはなかったかもしれない。その一羽だけでなく、囚われたすべての鳥たちの悲しみに想いを馳せて、胸を締め付けられることも。
私のサイクルのバイオリズムを誰よりも知っている夫は、何も言わずに、ただ静かに見守ってくれていた。
頭の中では、あるサンバ・ジ・ココの歌がずっと流れていた。「籠の中の小鳥が歌うのは、悲しいからなんだ」って。
すると、男の人は笑いながらこう言った。
「冗談だよ。この子は売り物じゃないんだ。俺の宝物。ほら、こんなに綺麗に鳴くだろう?」
店を後にして、私は泣いた。「美しい」と思い込んでいる男の人の無知が悲しくて。動物たちのために、植物たちのために、そして女性たちのために。ただひたすらに、泣いて、感じていた。
「感じる」ということには、勇気がいる。それは、月経周期の終盤という成熟した時期だけが授けてくれる、特別な勇気。
この世界で、何かを感じることは時に痛みを伴うもの。普段は上手にそれを避けて通れるけれど、月経前という時期が来ると、そうはいかなくなる。溜め込んできた悲しみ、飲み込んだ涙、誰かの痛みに寄り添う共感。そんなものが一気に溢れ出し、「向き合う勇気」を求めてくる。
月経期が私たちに求めているのは、とてもシンプルな二つのこと。それは「休息」と、感じるための「勇気」。
ホルモン剤でサイクルを止めて、感じないようにしても、何の意味もない。一人の人間として、成長し続ける魂として、サイクルの終盤が求めてくる「徳」を育んでいかなくてはならない。もし薬で抑え込んで、怒りや悲しみを感じないようにしたとしても、結局はいつか向き合わなければならない時がくる。それが、人間であるということだから。
仕事のタスクをメモ帳に書き留めるみたいに、マンダラルナーに記して。
-次のサイクルの、欠けていく月の時期に、
誰かにどう思われるかなんて気にせずに、はっきりと「ノー」と言う。
これまで私の中を通り過ぎていった痛み、そして今も胸にある痛みのために、涙を流す。
粗塩とオレンジの皮を入れた、熱い足湯で体を温める。
自分自身へ、愛する人へ、そしてかつて愛した人たちへ、手紙を書く。
30分おきに、意識して呼吸することを思い出す。肩の力を抜いて、上あごについている舌をそっと緩める。
いつもより長く眠る。友達との集まりをキャンセルしたり、職場のパーティーを欠席したりする。
ジムを休んで、沈んでいく夕日を眺めに行く。
まるで契約書にサインするみたいに、自分と約束してね。マンダラルナーに書き留めて。
そうして3ヶ月間、自分の境界線を守り、湧き上がる感情をありのまま受け入れ、心の声に耳を澄ませてセルフケアを続けてみて。それからまたここに戻ってきて、教えてほしいな。まだPMSに苦しんでいる?
2026年、あなたの中にある「雨の日曜日」を愛せるようになりますように。
文:Barbara Ferreira(植物療法家、教育者、ケアギーカー @barbara.f.erreira)
マンダラルナー寄稿
イラスト:Ula Basinska
マンダラルナーブログより

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