夢を見ることができない ― 現代の症状
- ツキヨミノ

- 5 時間前
- 読了時間: 6分

休むこと、静かに感じること、思い出すことが難しくなっている時代についての考察。
休むことは抵抗である。— Tricia Hersey
「最近どんな夢を見ているの?」と聞いたら、友人はこう返した。「夢なんて見ないよ。夢を見る時間なんてない。」彼女は黒人の働く女性で、中流家庭の家で清掃の仕事をしている。その言葉を聞いたとき、胸の奥が痛んだ。それはただ夜の夢のことだけではなかったから。願うこと、想像すること、立ち止まること。そんな時間を持つ権利のことでもあった。では、休むことができなくなった人生は、いったいどうなってしまうのだろう。
Associação Brasileira do Sono(ブラジル睡眠協会)の研究によると、不眠症は一番多い睡眠障害。特に女性に多く見られるという。多くの女性が休めないのは、休むことが「権利」として認められてこなかったから。休むことはまるで贅沢みたいに思われて、すべてが終わってからやっと許されるご褒美のようになってしまった。でも、やらなきゃいけないことがすべて終わることはほとんどない。そのため、疲れ切ったまま眠りにつき、目覚めてもまだ疲れている女性がたくさんいる。
また別の最近の研究では、都市の光害によって夜がますます明るくなり、人間の休息だけでなく、動物たちの暮らしにも影響が出ていることが指摘されている。生産性ばかりが重視される社会では、休むことは軽く見られ、むしろ邪魔なもののように扱われてしまう。

もう夢を見ることができなくなったとき、何が起きるのだろう?
研究者ジョナサン・クレイリーが指摘するように、途切れることのない時間の中に生きているわたしたち。彼はこの時代を表す言葉として24/7(トゥエンティフォー・セブン)という言葉を使った。すべてが1日24時間、週7日、止まることなく動き続けることを求められる時代。朝と夜の違いも、仕事と休みの境目も、そこにいることと、いつでも対応できる状態でいることの違いも、だんだん曖昧になってきた世界。
クレイリーによると、現代人は100年前に比べて2〜3時間も睡眠時間が短くなっているという。この睡眠の減少は、ただの数字の変化ではない。そこには、社会全体の疲れや不調が表れている。それは、健康だけでなく、創造する力や、夢を見る力にも影響している。そんな状況の中では、眠ることさえ難しくなり、夢を見ることはますます珍しいことになっている。
もし休むことそのものが、日々許されないものになってしまったのなら、夢もまた、遠ざかっていくだろう。夢は、かつてのような豊かな場所ではなく、ただの雑音や邪魔なもののように扱われてしまう。それでも、自分自身から遠ざけられているときに、夢はそこで、いったい何を伝えようとしているのだろう。気にとめなければ、夢は目が覚めたとたん、すぐに忘れられてしまう。
夢を見ることは、夢を見ることは、いつのまにかこの世界へのひそやかな抵抗になってきた。 夢を見続けることは、静かな抵抗のようなもの。世界にこの大切な場所が奪われようとしても、それでも夢は、何かを伝えようとしている。まるで、魂の言葉のように。

「休息は静けさ」
雑誌『O Onírico』第2号で、アーティストであり「休息研究家(descansóloga)」のミシェリ・ズギエットは、ハムレットの最後の言葉 「The rest is silence」を詩的に読み直している。彼女は、ここでの rest は「残り」ではなく、「休むこと」を指していると考えている。それは、命にとって欠かせない静けさ。休むことに寄り添う静けさで、余った時間ではなく、人生の一部。ミシェリの言葉を借りれば。
The rest is silence。わたしはこの言葉を、「休息は静けさ」と受け取っている。けれど、休息も死もどちらも静けさの中にあるため、ハムレットの最後の言葉の rest は、ふつう「残り」と訳されてきた。まるで休むこと、眠ること、あるいは夢を見ることが、人生の終わりにやっと手に入るご褒美のようであるかのように。
この視点から見ると、休息は余りものではなく、種のようなもの。失われる時間ではなく、そこにある大切な時間。アーティストであり活動家でもある Tricia Hersey は、この考えをさらに広げている。彼女は The Nap Ministry(ザ・ナップ・ミニストリー)を立ち上げ、アメリカの都市で人々が一緒に昼寝できる公共の場をつくってきた。そしてこう語っている。奴隷制度の上に築かれた都市で、黒人女性が安心して眠っている姿を見ることは、それだけで革命的な行為と。
もしかすると、いま問われているのは、夢が何を伝えようとしているのかを聴く力なのかもしれない。悪夢にさえ、メッセージがある。夜に現れる怪物たちは、ただの偶然ではない。それはたいてい、昼間の出来事の影や、言葉にできなかった恐れ、終わらないまま残っているストーリーから生まれてくる。
夜に現れる怪物たちは、昼のあいだの体験によって形づくられる。起こったことやプレッシャー、満たされない感覚に満ちた日々は、名前のつかないまま、夜にも影を落とし続ける。それは、落ち着かなさや不眠として現れ、すべてを照らして眠りを妨げる白い光のざわめきのように、わたしたちを包む。
もし夢が、終わりのない生産性の中でまだ奪われずに残っている、最後の場所のひとつだとしたら?
眠っているあいだ、誰かに応えたり、何かを買ったりはしない。だからこそ、休むことはどこかよくないことのように思われてしまう。眠る時間が少ないほど、より生産的であるかのように見えてしまう。けれど、眠りから離れるほど、自分の深い声からも遠ざかっていく。夢は、まだ知られていない土地。すべてを理解したり、説明したりしなくてもいい。むしろ、夢の力は、少し曖昧なままであることにある。静けさの中で、灯りが消えたときにこそ、夢の魔法は生まれ、言葉にできないものを静かに支えている。

夢を見ることは、まだこの世界にないものを思い描く、古くからある方法のひとつ。
もしかすると、いま足りていないのは、夢がやってくるための余白なのかもしれない。手の届くところにノートを置いて横になり、そっと灯りを消す。眠る前に、イメージが訪れるように、そっと願って。そして朝は、スマホを見る前に、そして世界のあれこれに応える前に、ほんの少しだけそのままの自分でいる時間をとってみる。
夢を見ることは、ただ夜に起こること以上のもの。それは、聴くこと、めぐること、そして通り抜けていくことの中に生きている存在であると思い出すこと。内に、目覚めと休息のリズムとともに脈打ついのちとのつながりを感じること。夢は、避難所であると同時に灯りでもある。そしてきっと、今この時代において夢を見ることは、自分を忘れないためのいちばん親密な方法。
テキスト Laura Pujol
写真 Ieve Holthausen
参考文献:
マンダラルナーブログ原文
Associação Brasileira do Sono(ブラジル睡眠協会)の研究
光害マップ
Michele Zgiet「O Consultório de Denscansologia(休息学のコンサルテーション)」:http://www.bibliotecadigital.ufrgs.br/da.php?nrb=001128691&loc=2022&arq=2&l=112509a08c08000d
『O Onírico』第2号「妄想的パラノイア」、2022年3月、p.13。
ジョナサン・クレーリー『24/7 ― 眠らない社会』NTT出版、2015年。

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